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2015年10月30日 (金)

R-2

  ペーパークラフトロケットシリーズ,今回は
1/100スケールペーパークラフトによる R-2 第二次世界大戦後,ソビエト連邦国内で“V-2ロケット”を改良・発展させた機体,R-2.型紙は“Constant Variation”から.
  第二次世界大戦後,米ソ両国は,ドイツの“V-2”を自国に持ち帰り,それを元にした研究・開発から,後のロケットへと進化して行った.
  ソ連では,第二次世界大戦終戦後,ドイツのノルトハウゼンにあった“V-2”ロケット生産施設を接収,フォン・ブラウンのアシスタントであったヘルムート・グレトルプを中心とするグループによって,ソ連国内で生産される資材・部品を用いた,“V-2”の複製品である“R-1”の生産を開始した(後にドイツに帰ったグレトルプは,ドイツ国内でチップ・カード(現代のキャッシュカードやテレホンカード等のもとになったもの)を開発している).
  同時に,改良型の開発が開始された.制御モジュールの位置変更,無線誘導の導入等の他,骨組み全体が軽量化されて完成した“R-2”は,1949年9月に最初のテスト飛行が行われ,その後,中距離弾道ミサイルとして多数が配備された.
  “R-2”の派生型として開発された観測ロケット“R-2A”は1957年4月12日に初めて打ち上げられ,上層大気や電離層の観測,太陽の紫外線観測の他,高度150∼200kmへ犬を搭載して打ち上げ,回収する実験等,セルゲイ・コロリョフ率いる第一設計局の設計による機体が実用化されるまで,様々な実験に使われた.
  なお,この“R-2”はのちに中国にも渡り,その後の中国のロケット開発に多大な影響を与えたと言われている.

  とりあえず,V-2(A4v4)と並べて一枚.
1/100スケールペーパークラフトによる V-2(A4v4)とR-2

  「第二次世界大戦後,米ソ両国はドイツのV-2を持ち帰り,それを元にした研究・開発が両国の宇宙開発の主発点となった」
  ということは良く知られているのだが,アメリカはともかく(それも広く知られているとは言いがたいが),ソ連については“V-2”と“R-7 スプートニク”の間はほとんど知られいない.“V-2”と“R-7 スプートニク”は似ても似つかない機体なわけで,そのミッシングリンクを繋ぐ機体として,この“R-2”は重要な機体.そんなわけで,ほとんど知られていない機体であるにもかかわらず,作品を展示する最には,必ずこの“R-2”も展示するようにしている(もっとも,この“R-2”と“R-7 スプートニク”も似ても似つかないわけで,さらにその間の機体が作れるといいんだけど・・・).

完成写真の大きな画像はこちらからどうぞ.→R-2

ロケットのペーパークラフトは是非↓こちらもご覧ください
PASA : Papercraft Aeronautics and Space Administration

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