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2011年12月 9日 (金)

「のぞみ」と「はやぶさ」

  2003年の今日(12月9日),日本初の火星探査機「のぞみ」に,苦渋に満ちた信号が送られた.

  火星に着陸する予定のなかった「のぞみ」は,打ち上げ前に殺菌消毒をされていなかった.火星を地球の生命で「汚染」することを避けるため,殺菌消毒をされていない探査機は,「打ち上げから20年以内に火星に衝突する可能性を1%以内に抑える」必要があった.
  1998年7月4日に地球を飛び立った「のぞみ」だったが,同年12月20日に行われた「地球パワードスイングバイ」に失敗,一時は火星到達が絶望視された(12月21日の新聞には「『のぞみ』望みなし」という見出しの記事が載っていたことを記憶している).
  それでも,運用チームは諦めなかった.文字通り不眠不休で軌道を再検討,2回の地球スイングバイを行って,なんとか火星にたどり着ける軌道を見つけたのである(この時,軌道計算チームに,あの川口淳一郎氏がいた).
  しかし,2度目の地球スイングバイを行う前の2002年4月,運悪く太陽で発生したフレアが「のぞみ」を直撃,「のぞみ」からやってくる電波は,ビーコンだけになってしまった.通常の通信で用いる電波と違い,ビーコンには,何の情報も載せられない.そこで,運用チームが編み出した方法は,「探査機に質問を送り,“yes”ならばビーコンを止め,“no”ならば何もしない」という方法だった.これを(気の遠くなるほど)繰り返し,質問の幅を狭めて,探査機の状態を知るという方法,後に言う「1ビット通信」である.
  こうして苦難の旅を続けた「のぞみ」だったが,遂に通常の通信が復活することはなかった.「火星へ衝突する可能性1%」という壁を越えられないまま,12月9日午後8時30分のタイムリミットを迎え,火星から遠ざかるための弱い噴射を行う指令が送信されることになったのである.

  運命のいたずらか,歴史の不思議なめぐり合わせか.「のぞみ」に火星への衝突回避の信号が送られてから丁度2年後となる2005年の今日,小惑星探査機「はやぶさ」との通信が途絶した.
  果たして交信は回復するのか.回復するにしても,それまでにはもっと長い時間がかかるだろうと思われたが,それから7週間後の2006年1月23日,「はやぶさ」からの電波が届いた.ただし,その電波はビーコンだけであった.
  しかし,この時,「はやぶさ」チームには「奥の手」があった.「のぞみ」の時に使った「1ビット通信」である.もちろん,それは簡単なことではなかっただろうが,「ぞのみ」の失敗によって,「はやぶさ」の時は,この「1ビット通信」を使うことは「想定内」だったのだ.
  「のぞみ」の失敗という高い授業料を払って手に入れていた「1ビット通信」という「奥の手」を駆使し,「はやぶさ」は次第に機能を取り戻してゆく.
  その後も幾多の困難に喘ぎながらも,「はやぶさ」は2010年6月,見事地球への帰還を果たすことになる.

  「のぞみ」は本来の目的を達成することができなかったが,そこで得られた教訓と技術は,確実に「はやぶさ」に生かされた.

「工学に失敗はない」

と言った日本の宇宙開発の父,糸川英夫博士の精神が,日本の宇宙開発に脈々と受け継がれていることの証明でもあると思う.

 

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