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2011年4月18日 (月)

一石?鳥

  先月の東日本大震災以来,電力が不足気味となり,節電が呼びかけられている.
  そして,夜間のネオンが消されたり,ライトアップが見送られたりしている.店舗や公共施設,駅構内等でも照明が控えられている.
  買い物等に行ってみると,いつもに比べて店内が薄暗かったりすることも多くなったが,
「これでいいんじゃないか?」
と思う.そもそも,これまでが無駄に明るすぎたんじゃないか.

  どうやら,そう思っているのは私だけではないらしい.方々で節電が行われている中,それを歓迎するムードが広がって,夜の暗さを再評価する動きが出てきたのだとか.

  明かりを最小限にすることのメリットはいろいろあると思う.
  もちろん,電力の節約があげられる.福島第一原発の事故によって,原発の安全性が問題となっている今,電力供給は再び火力発電に頼らざるを得なくなるだろう.せっかくCO2削減の動きが広まっていたところで,これは痛い.この機会に,暗さに慣れてしまえば,必要な電力供給量を少しでも減らせることになり,結果,CO2排出量の増加を少しでも抑えることができるだろう.
  「過度に明るい夜間の照明が,人に常に動き回ることばかりを強いて,じっと考える能力を喪失させた」という指摘もある.確かに,天体写真の撮影などで,真っ暗な中長時間過ごしている時には,いろいろ考えるものだ.時として,そんな時に良いアイディアが浮かぶこともある.明るい時に比べ,視覚が不自由になることで,それ以外の感覚が研ぎ澄まされるようになるのかもしれない.

  時々思うのだが,日本人は,もともと「完全でないもの」を愛でる習慣があると思う.日本人ほど月に特別な感情を抱いている民族もいないとも言われるが,その月にしても,満月だけではなく,「十三夜」だったり「十六夜(いざよい)」だったり,「月に叢雲」だったり,「朧月」だったり,やっぱり「完全でないもの」に心動かされることが多いようだ.
  そんな我々のことだ,慣れてしまえば,明るくもなく暗くもない「薄暗さ」も楽しめるようになるのではないか.薄暗い雰囲気を味わえれば,気持ちにも余裕が出てくるかもしれない.

  もちろん,夜が暗くなれば,星だって良く見える.大地震のあった夜,普段は人工の明かりであふれている水戸市内も停電で真っ暗.空は星々でいっぱいだった.星々の光は(月や惑星を除けば),数年から数千年かかって(肉眼で見える星だとそのくらいだ)地球に届く.なのに,その最後の数百メートルで,人工の明かりでかき消してしまうのはあまりにももったいない気がする.
  この機会に,夜には時々星を眺めることを習慣にするのも悪くないだろう.

  こうして少し考えただけでも,明かりを減らすメリットはたくさんある.もちろんデメリットもないわけではないだろうが,そのデメリットを減らす工夫をした上で上手にやれれば,一石・・・何鳥になるだろう?

  「今の日本は便利になりすぎた」という話を良く聞いた.とは言え,便利に慣れてしまった以上,自ら進んで不便な道を選ぶのは難しいものだ.この機会に,「やや不便」な生活に慣れてしまおう.

  今回の大震災は「未曾有の国難」と言われる.自然の巨大な力によって,痛い目に遭わされてしまったのだ.しかし,その国難から立ち上がる道筋において,これまでの生活のいろいろな部分を見直し,「痛い目」を逆手に利用してやろうではないか.

 

この記事を読んで,「やっぱり(自然に)“やられっぱなし”じゃ悔しいから,これを逆手に利用するのもいいかもしれない」と思った方,こちらをクリックして共感の投票をお願いします.→にほんブログ村 科学ブログ 天文学・宇宙科学・天体観測へ

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コメント

中川さま

星屋さんにとっては、電気なんか必要ないかもしれませんね。
ここわたしの住む近くのお寺でも、今年の夜桜見物は、お寺のおくさんが絵筆で描いた障子紙を竹筒にはり、ろうそくで階段の足元を照らした、優美なものでした。
行き帰りの道は,街灯があるものの、さすがにひとりではこわかったので、夫についてきてもらいました。
空には星がたくさん輝いていたし、こんなに落ち着いた夜桜見物は近年なかったようにおもいます。きれいな桜月夜でした。
桜だって生きているから、ライト・アップには、たぶん迷惑しているのではないでしょうか。きっと、まぶしいなあ、不眠症がつづくねぇ、などと言っていると想います。もうちょっと遠慮してもらえんかね、とか。
電気を使うことが当たり前みたいになってしまったけれど、わたしの小さなときは、
七輪でご飯も炊いたし、秋刀魚も焼きました。それは子供の役目だった。
電球の暮らしだったから、こどもの夜の遊びは、月のひかりの影踏みだったし、障子に指を映す影絵遊びだった。
練炭をとりかこんで、家族いっしょのすき焼きだったし、こたつ一つを家族で囲んで、編み物したり、絵本を読んだり、テレビがないから、ラジオをみんなで聴いていました。60歳お婆は、そうして不便ともおもわず、楽しい子供時代を送ったものです。
自分にとって、なにが幸福なのか?
便利なことか?
便利というのは、人間力を奪っていることなのでは、ないか?

満点に星が輝くということは、人類に「憧れ」という感情を教えたのではないか?
地球はひとりぼっちじゃない、と知らせてくれたのじゃないか?
「今宵、今夜のこの月を、あなたも見ていてくれるかしら?」恋心まで芽生えさせたのじゃないかしら?
あんまり続けると新国劇のようになってしまいますが、
「赤城の山も今宵かぎりだ。かわいい
 子分のてめえたちにも・・・」
「親分・・・」
と、月の光で、姉とものさしを掲げて(赤城山ごっこ)をしたことも思い出しました。
00電鉄のゲームもいいかもしれないけれど、こうした人間同士が息を通わす、遊びもいいかもよ。
温故知新。
やっぱり わたしはお婆ですねぇ。


投稿: 鳥越ゆり子 | 2011年4月19日 (火) 01時20分

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