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2011年4月13日 (水)

ようやく再開

  大地震発生以来,いろいろと理由があって,天体写真の撮影ができずにいた.
  その「理由」は昨日になってほぼ解消,ようやく再開できるようになった.
「さっそく気合を入れて!」
と行きたいところではあるが・・・
  水戸でも一昨日(11日)に震度5弱,昨日(12日)は震度4を記録.その他小さな地震はいっぱい.
  ただでさえ,天体写真の撮影時は振動に気を遣う.機材の設営は,できるだけ周囲の振動の影響を受けない場所にし,撮影中はできるだけ歩いたりしないようにしたり.
  それなのに,こうも地面がグラグラ揺れていたのでは,長時間露光が必要な星雲・星団の写真はもとより,比較明合成による日周運動の写真もちょっと無理だ.
  それでも,せっかく久しぶりに落ち着いて天体写真を撮れるようになったのはやっぱり嬉しい.

  まずは,とりあえず全天の写真.
2011年4月13日 自宅にて 透明度はまずまずか.天の川も・・・見えるような見えないような・・・

  南の空には,
さそり座 2011年4月13日 自宅にて さそり座がカッコよく見えている.しばらく中断している間に,ずいぶんと高く昇るようになっていたんだねぇ.

  天頂付近から東側は夏の星座だ.ヘルクレス座を一枚.
ヘルクレス座 2011年4月13日 自宅にて そろそろM13にお目にかかりたいぞ.

  最後に,はくちょう座付近を一枚.
はくちょう座付近 2011年4月13日 自宅にて
  機材を撤収,布団に入った後も何度か揺れた.朝目が覚めた後も.そして,午前中に震度3(揺れが大きかったところでは,震度5弱を記録したらしい).午後に入って,どうも「地震酔い」がひどい・・・なんて書いているうちにも震度1.

  まだまだこの状況は続くんだろうねぇ・・・

 

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コメント

未刊詩集『あざやかな異形』
              鳥越ゆり子

第一章 庭の異変

オニフスベ
ころがる

異変
落陽の
ときに落葉の
根元に
ふわふわ
地の耳
吹き出る
音かすかに
鼓動する
球形の胞子
ふわふわ

ふわふわ
花眼の       ・・注 老眼のこと空
ふわふわ
漂う
夕顔

星の軌道は
不動に
ひたすら遠ざかり
泡だつ
宇宙
はがれ
破れ
内皮あらわれ
風化する
若い白熱
まき散らし
ふわふわ
胞子
飛び散る
菌類オニフスベ
こわれやすい
死は
かわらぬ生のために
いつも輪廻する
星の
秩序を骨格にして
ふわふわ

深く濃く
これからも
滅びに
傾く
銀河輝いても
そこに
くれない
残照の気配
胞子渦巻く
太陽系にあって


第三章 草のま昼間

洞窟
ないか洞窟
からまりあう
クズ
キリンソウ
ヌスビトハギ
踏み分けて
荒れ野
夏に
逆流する
陽光
額に
けわしく
洞窟の

恋う
草の深さ
シダ植物類
菌類
胞子感情
蠢く
ミトコンドリア
ゴルジ体
意識された
無意識の
皮膚の
内海
飛沫散り
渦巻く
おどろおどろの
中性子
素粒子
流動する
奔放な
不可視に
とまどいながら
肉体を
運ぶ
右足左足
足どり
重く
解けそうもない
からまり
前頭葉
引きつる
カラスウリ

びっしりと
種子
抱いて
秋を
からめとる
過日の
記憶
からまり
つく
人の声
鳥の声ほど
なぜ
軽快に
音符
響かない
猥雑車道を
行きかう
無言

それぞれに
けわしい

恋うとき
澄みきった
湖を
求めている
無垢なる
きれいな感情
どこか

からっぽ
ああ
輝く笑顔
太陽
あるいは深刻
真っ暗な
洞窟
原人の
矢じりの方向に
記された
アルタミラの

描くように
言葉
秘められ
解き放たれて
暗黒星雲を
産卵せよ
素手に
素足
単純な歓喜と
悲哀
魚のように

光らせながら
どこかに
ある
原始海
宇宙塵降る
球形大地
地軸かたむく
草の
ま昼間
めくるめく
コスモスの
花の

休耕田に
ヘソの緒つけた
子猫を
拾う
泣き叫ぶ声
無心に
そおうっと
てのひらに乗せて

1998年7月6日発行の
手作り詩集から、抜粋しました。わたしはときどき、頼まれて詩の朗読をしてきたのですが、この詩集は、その朗読会のためのもので、一部くらいしか、創っていません。完全に自分用のものです。
図書館で、宇宙や星のことを勉強して、それは
わたしがいまある存在と深くむすびついている、と思い、詩にしたものです。
だから13年くらい前に書きとめた詩集です。最後の「へその緒」をつけた猫は、今でもわが家にいて、以外にもてるのです。3匹くらいのオスの野良猫がグリンピース(略してグリン)目当てに窓に顔をおしつけてのぞいてますから。

中川さんに、うつくしい夜空の宝石の写真を届けていただきましたから、ちょっと、お礼に公表させていただきました。
今度の東日本大震災、福島の原発事故も進行中で、無責任なコメンテーターや学者たちの言葉が、ひらひらひらひら穢れた灰のように飛び交っています。こうしてあらためて自分の詩を打ち直しながら、わたしもあらためて自分のいままでを信じてやってもいいのではないか、と思いなおしました。自分の仕事に誠実であること、今人間ができることは、自分の良心に恥じないことをすることと、誠実であること、それだけのような気がいたします。
今回は誤植ありません。校正済みです。 

投稿: 鳥越ゆり子 | 2011年4月14日 (木) 00時48分

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