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2010年6月14日 (月)

事実は小説より奇なり

  まったく,事実は小説より奇なりとはよく言ったものだ.
  昨年行われた,ワールド・ベースボール・クラシックの決勝戦の延長戦,それまでに不振を極めたイチローが決勝打を放った.これについて,「漫画家でもためらうような結末」と評した人がいた.

  昨日,小惑星「イトカワ」への,苦難に満ちた60億kmの旅を終え,無事地球への帰還を果たした「はやぶさ」.この物語もまた,「SF作家でもためらうような(できすぎた)物語」だったと思う.
  知っている方は知っている話ではあるし,おそらく近いうちにテレビ番組などで紹介される話だろうが,昨日からのニュースではあまり語られていなかったこの物語に触れておこうと思う.

  日本のロケット開発は,1955年に行われた「ペンシル・ロケット」の水平発射実験に始まった.この実験を主導していたのが,日本のロケット開発の父・糸川英夫博士であった.言うまでもなく,小惑星「イトカワ」の名前は糸川博士にちなんだ名前である.
  「ペンシル・ロケット」を出発点として,国産固体燃料ロケットの開発が進められ,L(ラムダ)-4Sロケット5号機により,日本初の人工衛星「おおすみ」の打ち上げに成功,日本も衛星打ち上げ国の仲間入りを果たしたのである.さらにロケットの開発は進められ,Μ-4S,M-3シリーズを経て,M-Vロケットが完成する.「はやぶさ」を打ち上げたロケットはこのM-Vである.つまり,「はやぶさ」は糸川博士が開発したロケットの直系の子孫によって打ち上げられ,「イトカワ」を目指したのである.

  もうひとつ.

  糸川英夫博士は,東京帝国大学工学部航空学科を卒業後,中島飛行機に入社した.そこで,日本陸軍の一式戦闘機「隼」の設計に関わっていたのだった.公式には,「はやぶさ」と名づけられたのは「目標を見付け,すばやく降下してすぐに上昇する姿が,獲物を獲る時の「はやぶさ」に似ているから」とされているが,糸川博士と「イトカワ」「隼」というつながりがあったことは言うまでもない.

  数々の苦難を乗り越えた「はやぶさ」の姿は,擬人化されて人気となったが,それを成し遂げたのは間違いなく地上スタッフの努力の賜物である.何度も絶望視されたミッションを見事やってのけたその姿勢は,様々な障害を乗り越え,乗り気でない人々を説き伏せて日本のロケット開発を軌道に乗せた糸川博士の遺志が,日本の宇宙開発の分野に脈々と受け継がれていることの証明だと思う.

  その地上スタッフは,大気圏突入を目前にした「はやぶさ」に最後の離れ業をやってのけさせた.地球に接近した時,「はやぶさ」は,正確に突入カプセルを放出する姿勢を保つために,カメラを搭載している方を地球から見て後ろ側に向けていた.突入カプセル切り離しの後,残った全ての機能を使い,「はやぶさ」の姿勢を180度回転させてカメラを地球に向け,最後に地球の姿を撮影した.このことは,探査機としては全く意味のないことである.それでもこのオペレーションが実施されたのは,「大気圏に突入して燃え尽きる前に,せめて自分自身の「目」で故郷地球の姿を一目見せてやりたい」という想いからだったという.そして,「はやぶさ」はその想いにも見事に応え,高度数千kmから撮影した地球の画像を地上に送ってきた.ニュースなどで公開されている一部の画像ではトリミングされていて残念だが,オリジナルのものは,画像の送信中に通信が途絶,下5分の1ほどが切れてしまっているのがなんともなまなましい.

  「はやぶさくん」は
「地球か・・・何もかもみな懐かしい・・・」
とつぶやいただろうか.

  宇宙開発は,直接的には生活に役に立たない.「はやぶさ」がいくら歴史的な偉業をなしとげたからと言って生活が豊かになるわけじゃない.だから,どうしても真っ先に予算を削られがちなのだが,こうした業績が人々にどれだけ夢と勇気を与え,どれだけ活力を生み出すかということを多くの人が知ったと思う.ニュース記事の中には,子供からと思われる「どうして勉強しなきゃならないかわかった」というコメントもあった.子供たちの「理科離れ」を解消するにも絶大な効果があると思う.

  これで日本の宇宙開発技術は世界のトップレベルということになった.惑星間航行技術に限っては世界の頂点に立ったとも言えるだろう.これから先も宇宙開発に力を入れていってほしいと願っているが,同時に,私も啓発活動をしっかりやらなければなるまい.気を引き締めなければ.

追記:ヘリコプターから撮影した,「発見されたカプセルとパラシュートの画像」が公開された.カプセル本体の周囲に衝突の跡などはなく,静かにそっと着陸したように見える.その姿はまるで,疲れた体をそっと横たえて眠っているようだ.

SETI@home 現在の順位 世界…68,783位(/1,101,634人)国内…2,543位(/29,071人)
Einstein@home 現在の順位 世界…9,566位(/259,603人)国内…223位(/3,913人)

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コメント

はじめまして。

 宇宙に無駄金を投資するよりも生活改善に投資せよなどという論を展開する人々がいる中で、「はやぶさ」は「人が生きる上で必要なもの」を感じさせてくれたように思います。

 人、特に子どもたちは「ほんもの」に触れると「今していること」「今しなければならないこと」(お勉強)の意味を理屈抜きに感じ取るようです。

 今年は「あかつき」の金星到達もあるはずです。しばらく研究をサボっている研究者として、教育・普及を生業とする者として、人が人であるために必要なものがあるのだということを伝えていきたいなあと改めて思った次第です。

 人間物語を感じさせていただける記事をありがとうございました。

投稿: 宇宙の旅人 | 2010年6月14日 (月) 19時19分

はじめまして(でも実世界では何度もお会いしてますよね?2週間後には仙台でお会いするでしょうし).

最近,ペーパークラフトのロケットを作って遊んでいますが,そのロケットについて調べて行くと,「人間臭い」エピソードが次から次へと出てくるんですよ.宇宙開発の分野は本当に人間の匂いがプンプンします.

「ほんもの」に触れさせてあげることはとても重要ですよね.現在の日本の教育(理科に限らず)でもっとも重要で,もっとも足りていないことなんじゃないかと常々思っています.それだけに我々も日々精進しなければなりませんね.

投稿: Y-Nakagawa | 2010年6月15日 (火) 12時52分

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